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八日目の蝉

4点 2011-11-05
 女性による、女性のための、女性の本質を描いた作品といえばいいのでしょうか。男の私は置き去りにされ、唯々呆然とするばかりでした。

 無責任な男との不倫の末子供を堕ろし、子供が生めない身体になった希和子(永作博美)。本妻(森口瑤子)からは執拗な嫌がらせを受ける毎日の中で、二人が外出したある日、二人の愛娘である生後6ヶ月の幼児を連れ去り逃避行の旅に出ます。物語は4年間の逃走の末希和子が逮捕されるところから始まります。しかし本当の両親の元へ返されても、二人を認識できない4歳の少女。いつまでも心を開かない少女に苛立つ母親。そこに少女の居場所はありませんでした。やがて少女は成人(井上真央)するのですが、育て親の人生をなぞるように、妻子あるつまらない男と不倫を続けていました。そんなある日、昔の誘拐事件に興味を持つルポライター(小池栄子)との出逢いを切っ掛けに、総てを清算し、自分探しの旅に出る彼女でしたが・・・。

 この物語は1993年に起こった「日野OL不倫放火殺人事件」をベースにしています。あるOLが元不倫相手の上司とその妻が外出中、彼らの自宅に侵入・放火し、就寝中の長女(6歳)と長男(1歳)を殺害したのです。いずれ離婚すると甘い言葉を続け2度も彼女に中絶させた元上司と、追い打ちをかけるように彼女を非難・嘲笑し心神衰弱へ追い込んだ妻。世論はどちらかといえばOLに同情的でした。

 実際の事件と原作の大きな違いは、殺人ではなく希和子が幼女を連れ去り、「薫」という新しい名前をつけ2人で4年間の逃亡生活を送った事です。生き延びて21歳になった彼女が事件の道筋をなぞる姿と、希和子と薫が過ごした時間を同時並行で描く事で、悲惨な物語は現実にはなかった一つの大きな力を宿す事となりました。これを救いと言えば誰かから叱られるかもしれませんが、フィクションの持つ素晴らしさにまず胸を打たれました。

 特異な人生を歩んだ彼女は、こんな意味の事を言います、「蝉は7日間しか生きないけれど、私は八日目を生きている蝉。仲間が誰もいないのに一人生きていても唯淋しいだけ。」 しかしそれは違うのです。作者が彼女を生かした理由は違うのです。誘拐の被害者という不幸な人生だったかもしれません。けれど、まだあなたの想い出していない風景がある。まだあなたが知らない感動がある。罪は別にしても、生まれてくる生命にはそれを知る権利がある。やがて「八日目の蝉」は、普通の蝉が見られなかった景色を、感動を以って受け入れようとします。

 二人がその殆どを過ごした、掛け替えのない島。原作は、偶々島を訪れこれを後にする希和子と、島に着いたばかりの薫がニアミスし、もう少しのところで出遭えないところで終わります。ですが映画にこのシーンはありません。この作品は、実は島に着いた後の薫の姿を描いた、原作の続編なのです。しかし、映画のラストシーンは原作に決して劣る事なく、私達の心を強く揺さぶります。・・・記憶とは残酷なもの。忘れ去った筈の辛い想いは突然フラッシュバックしたりするのに、大切な想いは遠い過去へ置き忘れていたりします。それが幼い頃、自らを守るために記憶の奥底に沈めた想いであれば、尚更です。しかしそれが鮮やかに蘇るとき、総てが繋がります。絶望から逃れようと犯罪に走った女性の想いを、遥かなる女性の本能へと昇華させた本作は、女性にだけ捧げられるべき名作だと想います。

P.S.彼女には「恵理菜」という本名があるのですが、彼女の総てを語っている気がして「薫」で統一しています。

阪急電車 -片道15分の奇跡-

5点 2011-11-02
 一見他愛のないエピソードが優しく絡み合ううちに、何か大切なものが育まれていく。そんな人生の機微をさりげなく教えてくれるいい作品です。

 とある喫茶店の一角、翔子(中谷美紀)は、カップルの話に我を忘れていました。結婚の準備を進めていた彼氏が会社の後輩に寝獲られた上に、彼女と結婚したいと言い出したのです。散々罵ったあげく翔子は、二人の結婚を許す代わりに、ある一つの条件を提示します・・・。その他にも、見かけは人目を引くイケメンながら、実は自己中男と同棲するミサ(戸田恵梨香)。嫁に疎まれながらも作った花瓶などを足繁く届けにいく舅・時江(宮本信子)、そして何故かいつも一緒にいる孫の亜美(芦田愛菜)。人はいいのですが、ちょっとおバカな竜太(玉山鉄二)と付き合う受験生・悦子(有村架純)。食べたくもない高級料理にPTA仲間から誘われ、断れずにいる気弱な主婦・康江(南果歩)。軍隊ヲタクと野草ヲタクの変な大学生カップル・圭一(勝地涼)と権田原美帆(谷村美月)等々。関西に住む者しか知らないであろう、ローカル線・阪急電鉄・今津線の周りで起こるエピソードを、作品は淡々と綴っていくのですが・・・。

 こうして見ていくと人の悩みっていうのは「何でそんな事やってんの?」という他愛ない出来事の積み重ねなんでしょう。けれど本人にとって、それは重要で、重く、胃の痛みまで伴ってしまうような出来事なのです。

 一つ一つは他愛ない出来事でも、普通なら遠巻きに眺めるだけの他人達が、一言声を掛ける事で、それらは繋がり、次の”輪”に繋がって行きます。一つの想いが誰かの心に種を宿し、そしてそれが次の花を育てる助けとなる。花はたとえ枯れてしまっても、それは次の草木の糧となって、他を助けるのです。

 自然が当然のように続けてきた営みを、私達はいつの頃から忘れてしまったのでしょう。毎日同じ時間を共に過ごしていながら、哀しみ一つ救う事のない、唯人が集まっているだけの世界。それは通勤電車に限らず、現代社会の彼方此方にある風景です。 携帯電話はそんなに楽しいですか? そんなに”人”が怖いですか? いつかあなたが心の底に沈めた、活きた言葉を想い出してみたいと思いませんか? そんな風に問われているような気がして、知らず知らずのうちに優しい想いが頬伝っていました・・・。

 何気ない、けれど“乾いている”人には、生命の泉を与えてくれる名作だと想います。

X-MEN:ファースト・ジェネレーション

5点 2011-10-24
 『X−MEN』の名は冠しているものの、今までの作品とは一線を画する作品である事は間違いありません。とにかく総てのものがしっかりとあるべき所に嵌っており、素晴らしく完成度の高い作品に仕上っています。

 1944年ポーランドで、ナチに母を殺された一人の少年・エリック・レーンシャー(マイケル・ファスベンダー)が自らの超能力に目覚めます。そしてそれを覚醒させたのがナチス科学者・セバスチャン・ショウ(ケヴィン・ベーコン)でした。一方で、ニューヨークではもう一人のミュータントが、新たなミュータントに出遭っていました。後にプロフェッサーXとなるチャールズ・エグゼビア(ジェームズ・マカヴォイ)と、彼の妹となったレイブン・ダークホルム(ジェニファー・ローレンス)でした。
 時間は流れ1962年、仲間を得たセバスチャンがミュータントを従えて、第三次世界大戦を起こし、世界性服を果そうとしていました。アメリカとソ連の要人を操り、アメリカ側はソ連のすぐ傍トルコに核弾頭を配備させ、ソ連にはアメリカのすぐ傍キューバに核弾頭を装備させます。俄かに緊張するアメリカ−ソ連。それを検知した今は大学教授となったチャールズと妹レイブンは、母の仇・セバスチャンを殺そうとして躍起になっているエリックを仲間に入れると同時に、ミュータントを世界各国から探し出し、セバスチャン達の野望に立ち向うのですが・・・。

 すわ第三次世界大戦の勃発かと、全世界を緊張の渦に巻き込んだ『キューバ危機』を演出したのは、彼等ミュータントの仕業だったのか・・・って、冗談ですよ。でもそう思わせるくらい緻密なシナリオが組まれており、その現実にも似たストーリーテリングの巧さに、舌を巻きました。
 実際のキューバ危機はもう少し込み入っていて、先ずアメリカに蔑ろにされたキューバ・カストロ議長がソ連と親密になります。その頃ソ連は大陸間弾道弾の技術に立ち遅れており、これを取り戻すためにアメリカ・ホワイトハウスを射程にできる核ミサイルをキューバに装備します。これにアメリカは過激な反応を見せ、艦隊をキューバ近くに集め、ソ連もこれに呼応します。核戦争勃発の危機についての記事が報道され、市民が買いだめに走り、スーパーの在庫がなくなるという事態が実際に発生しています。しかし、裏では交渉が続いており、アメリカ・ケネディ首相とソ連・フルシチョフ首相が密談し、アメリカがソ連を核ミサイルで攻撃しないなら、キューバの核ミサイルを解体すると発表し、これが実践されました。国を挙げてアメリカとの全面戦争体制に入っていたキューバ・カストロ議長は、自分に相談もなく密約を交わしたソ連に激怒し、核ミサイルを発射せよとソ連に迫ったといいます。ソ連の方も、核戦争をも厭わない小国の若手革命家と次第に距離を置くようになっていった・・・そんな事態でした。

 話が逸れましたが、そのキューバ危機を恰も事実のようにシナリオに組み込み、ミュータントの過激な闘いという形で描かれたこの作品の構成は見事です。そして、ほんの少しの小細工で人間同士が冷戦を司る中、ミュータントもまた、その結束は完全なものではありませんでした。姿形や彼らの持つ超能力は人間とは違います。しかし何が正しく何が間違っているのかを悩み・突き詰める姿は人のそれと同じなのです。なのに、アメリカとソ連がミュータント達へ下した決断は・・・。

 姿形や能力が他と遥かに異なる者は、今も昔も疎まれてきました。しかし、チャールズが冒頭で語るように「ヒト科の生物に進化した新種が現れた場合、旧い種は例外なく絶滅に追い込まれている」のです。今までのS.F.は地球を侵略する強大なエイリアンと地球を防衛する者との闘いでした。しかしこの作品では、地球を征服できる能力を持った者の側からの視点で事態が描かれます。それは、地球を何回も焼き尽くす事の出来る核弾頭を持ったアメリカとソ連の姿と重なって、その破壊力とミュータントの超能力との違いは何か、と私達に問い掛けます。破壊兵器とは、相手を滅ぼすためではなく、相手への恐れから逃れるために、それを越える武器を人は求め続けて行くのではないか。何処かで聞いた『血を吐きながら続ける哀しいマラソン』という言葉を、フト想い出しました。しかし、それでも尚、レイブンが最期に言った言葉『他と違う事・・・ミュータントは私達の誇り』。その言葉が耳に焼きついて離れません・・・。

銀魂 01

4点 2011-10-24
 かなり以前に旧作になったのに、未だ人気衰えずと言うことで借りてみましたが、おバカな展開の中にも多種多様なオチがあり、これはウケるなという納得の一品です。

 幕末に天人(アマンド=エイリアン)が訪れ日本に科学技術をもたらしたものの、天人を受け入れた幕府は骨抜きとなり、これを潔しとしない攘夷派が残る中でも市民は天人と平穏に共存している・・・。そんな、明治維新と敗戦直後をガッチャンコしたようなへんてこなもう一つの日本のお話です。
 主人公らしき人・坂田銀時は、今で云う探偵事務所のような「万屋家業」を営む自由人。もう一人のパートナー・志村新八はつっこみ担当、何か事が起こると必ずとばっちりがくるという可哀想なお人。加えて、大食らい・毒舌・チョット外れた性格ながら、格闘技は天下一品という戦闘民族・夜兎族の娘(ヒロイン? まさかネ〜)・神楽。その他にも個性的ながら、どこかで聞いたような設定の脇役がまた笑わせてくれます。

 まず設定がよくわかりません。明治時代だというのに、エイリアンからの恩恵か、瓦屋根のついたへんてこなTVや最新の車があり、文化的には現代を通り越した未来社会。しかし、道行く人々は丁髷で、町並みは瓦屋根の旧家屋と、ゴテゴテのイルミネーションのような設定。

 またギャグもカルトなものが多く、今の若い子に判るのかしらと思うことしきり。神楽が歌う「フン、フン、フン、鹿のフン」は、かの吉永小百合嬢若かりし頃の「奈良の春日野」という歌ですし(さすがに原曲は「鹿のフン」ではなく「黒豆や」ですが)、大江戸病院の財前教授は「白い巨塔」、パトカーがタイヤを畳んで空を飛ぶのは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。この作品にオリジナルはあるのかという徹底ぶり。

 加えて、物語に関係なく、いきなり飛び込んでくる何とも言えないペーソスある表現。「カップ焼そばの表紙裏面にくっついた野菜の切れ端のような存在」−我々小市民にはよくわかるんですヨ、その切なさが。でも何故そこに出てくる?という違和感を、軽く吹き飛ばす強引さ。これはきっとコミックスでは伝わらない、アニメ特有のスピード感と止まらないハチャメチャな展開の中で、初めて笑えるシチュエーションなのかもしれません。実際ジャンプに連載初期は、誌上アンケートの結果が芳しくなく、連載順位も後方で低迷していたのですが、その後じわじわと人気が上がり、アニメ化でブレイクした−というのが判る気がします。

 9割くらいはそういうドタバタギャグなのですが、そのギャグの先に約1割ほどの感動系の人情モノや真剣バトルなどのシリアスな展開も、また絶妙なタイミングで挿入されます。稀にスカもありますが、その殆どは我々オジサンにも(オッサンだからこそか?)ストレートに受容れてしまえるのがまた不思議です。後半になってくると、若干ネタ切れ感はあるものの、結構笑えて胸キュンもチョイと心に残ったりする、楽しく元気な作品だと想います。

P.S.坂田銀時の声優が、「涼宮ハルヒの憂鬱」のキョンと同じ声優さん(杉田智和)だって知ってました?

サンキュー・スモーキング

3点 2011-10-24
 今時喫煙擁護とは殊勝なりと見てみましたが、喫煙家にはチト耳の痛い作品でもありました。

 ニック・テイラー(アーロン・エッカート)は煙草会社のスポークスマン。健康絶対主義の中で禁煙を叫ぶ者達に、冷静に対処しこれをいつも論破します。そして祝勝会と称して、アルコール業界のポリー・ベイリー(マリア・ベロ)と、銃製造業界のボビー・ジェイ・ブリス(デヴィッド・コークナー)達と、心おきなく楽しむ毎日を暮らしていました。そんなある日、とある女性からお誘いがあり、また得意の話術で酔わせてモノにするのですが、翌朝になって真っ青になる事態が発生するのでした・・・。 
 
 まぁとにかくテンポのいい事といったら。どう考えても向こうの言っていることが正しいだろうと想うのですが、それでもニックは見事に反論します。とにかく魅力的なスマイルと巧みな論理のすり替えで自らの土俵へ引き込みます。そうなればもう勝ったも同然、得意の反射スピードと間髪入れない突っ込みで、知らない間に相手を丸め込みます。「あぁ、こうやって反論するんだ」と、ホント感心しましたね。

 その話術で騙したつもりがチョイと騙されて、という展開もまた面白い。段々と味方を失くし追い込まれていくニック。後半は少し尻窄み感があるものの、結構楽しめる作品になっています。

 唯、喫煙擁護の映画ながら、喫煙シーンが一度も出てこないところはご時世なんでしょう。チト寂しくもありました・・・。

ヒア アフター

4点 2011-10-24
 まだ死を想う年でもないのに、何故『臨死体験』をテーマとする物語に引きこまれるのでしょう。フト思い当たりました。私自身が今ここで人生の刹那を生きているからなのです・・・。

 パリで有名なキャスター・マリー(セシル・ドゥ・フランス)は、プロデューサーとバカンスに来ていた東南アジアで、かつて経験した事のない津波に遭遇します。命からがら生還し短い期間で復帰したマリーでしたが、そこでの臨死体験は、彼女の心にその大きな爪痕を残していました。一方でサンフランシスコに住むジョージ(マット・デイモン)は、死者との交信のできる心霊者として一時期は有名でしたが、人々の過去と話す後ろ向きの人生から逃れたくて、今は工員として静かな暮らしをしていました。また、ロンドンでは、双子の兄弟ジェイソン/マーカス(ジョージ・マクラレン/フランキー・マクラレン)は薬に溺れる母親と三人暮らしでしたが、母親が薬を止める決心をした日、兄が不幸な事故に遭います。まるで違う場所に住む彼等が、各々の“死”と向き合いながら、求め合うものが段々と一本の糸に繋がって行くのでしたが・・・

 まず、冒頭の過激な津波のシーンに圧倒されます。イーストウッド監督は、1つの映画を撮る毎に新たな衝撃を与えてくれますが、このシーンはショッキングでした。東日本大津波を被災された方々には申し訳ないのですが、そのTV報道で何度も目の当たりにした光景を、まるですぐ間近で観ているような臨場感。イーストウッド監督はこんなスタッフをも揃えられるのかと、その人材の層の厚さに驚きました。(実際は2004年、スマトラ島沖大津波をモチーフにしているようです。まぁ映画ですから泥や瓦礫のリアリティには欠けるんでしょうが・・・)

 もう一つは、怒られるかも知れませんが、この稚拙なシナリオを最期まで撮り切ったイーストウッド監督の人望にも脱帽です。シンプルといえば聞こえはいいですが、実は何の捻りもない筋書き。他愛ないラストに至っては、このシナリオからは、この映画の感動を誰もが想像出来ないでしょう。しかし、イーストウッド監督は、映像と音楽と人望で、これを心に残る作品に仕立て上げてしまうのですから、これを凄いと言わずしてどう表現すればいいのでしょう。

 誰もが自分の死ぬ時期を知らされていません。しかし、どんな人にも“それ”は突然やってきます。死の淵から還ったものの別なものを失くす者、大切な人を亡くし路頭に迷う者、そして死者と交信しその言葉を受け取ってくる者。けれど、“死”を想うのは皆、今ここ生きていている人々であるという事実。現在ここに私達が生きている事自体が、一つの奇跡なのかもしれません。一つのドアが閉まれば、次のドアが開くものです。自分の人生を擦り抜けて行く時間を嘆くより、今この一瞬を大切にしませんか−知らず知らずのうちにそんな想いに包まれる、いい作品だと想います。だからこそ、公開時期がもう少し違っていたらと惜しまれる作品でもあります。

P.S.ロンドンの双子の兄弟は、各々の役柄をジョージ・マクラレン/フランキー・マクラレンが適時入れ替わって演じてたって知ってました? チョットお茶目な演出です。

トゥルー・グリット

4点 2011-10-09
 ウェスタンはどちらかというと苦手なのですが、さすがコーエン兄弟、他とは一線を隔した不思議な魅力を持つ作品に仕上っています。

 父をヤクザな流れ者・チェイニー(ジョシュ・ブローリン)に殺されたマティ(ヘイリー・スタインフェルド)は、まだ14歳ながらも賢く気丈な少女。チェイニーを父殺しの罪で絞首刑にするために、賞金を賭けて“真の勇者”と呼ばれる保安官・コグバーン(ジェフ・ブリッジズ)を雇います。更にチェイニーは父以外にも殺人を犯しており、それを追跡するテキサス州警備隊・ラビーフ(マット・デイモン)にも出逢います。こんな子供を連れて行けないと、マティを置いて行くコグバーンとラビーフでしたが、馬に乗ったまま必死に川を渡ってくるマティに呆れ、3人の犯人探しの旅が始まるのでした・・・。

 本作品は、‘69年に製作された「勇気ある追跡」をコーエン兄弟がリメイクしたものですが、旧さを感じさせないどころか、巧みな演出で21世紀の住人である私達をひと時として飽きさせません。しかし登場人物はチョット変わっていて、エンターテイメント特有の“英雄”は一人も出てきません。隻眼で酒飲みのくたばりぞこない保安官、すぐ切れる頼りなさそうな用心棒、そして、敵役のとんでもない小物さに唖然とします。けれど、物語が進むうちに、段々とその配役の意味が私達にも判ってきます。

 そうです、誰もが願ったものを手に入れられる訳ではありません。想いはあっても届かない事の方が多い。あぁ俺は駄目なヤツなんだと思いながらも、それでもそんな事は噯にも出さず、各々の意地を通そうとする“出来そこない“達。True Grit−真の勇者−とはなんと皮肉なタイトルでしょう。けれど、それの何処が悪い?とでも言わんばかりの男達の足掻きに、何故か”愛おしさ“を感じてしまうのは、私自身がマダオ(※)の一人だからでしょうか。

 ホント、男ってのは、自堕落で出来そこないのくせに、ここぞという時は意地を押し通す−だからこそ、誰かにとっては『真の勇者』になれるのかもしれません。

(※)まるでダメなおっさん、まるでダサいオヤジ、全く堕落しちまったオジサン、まるで抱かれたくない男、全く大丈夫じゃないお客、全く騙せないオトボケ、真っ直ぐ生きても台無しの人生のオッサン、の略だそうです。・・・「銀魂」より。

相棒 −劇場版II− 警視庁占拠!特命係の一番長い夜

4点 2011-10-08
 寺脇さんが降板してからドラマとしての面白味が薄れいせいもあり、結構遠ざかっていた感があります。しかし、サスペンスに徹した本作は結構見応えがあり、次々と起こるイベントに知らないうちに見入っていました。

 日本警察の中枢警視庁で、静寂を引き裂いて人質籠城事件が勃発します。人質は、田丸警視総監(品川徹)、長谷川副総監(國村隼)を始めとした幹部12名。訳の分からない事で幹部たちを追求する犯人。いち早く事態を察知した杉下右京(水谷豊)と神戸尊(及川光博)。しかし、事件はSITの強行突破により犯人射殺という呆気ない結末を迎えます。発表では図らずも依願退職となった犯人・八重樫哲也(小澤征悦)が、これを逆恨みして暴挙に出たということでした。しかし右京の”些細な事が気になる悪い癖”から、八重樫と接触のあった朝比奈圭子(小西真奈美)に話を聞くうちに、次々に新たな事実を掴む右京でしたが・・・・

 スピード感溢れる展開と息をつかせぬ攻防。段々と明らかになる警視庁上層部の陰湿な陰謀。犯人はすぐ察しが付くのに、更にその先にある更に大きな権力闘争。二重にも三十にも隠された鮮やかなプロットと、それらを最後に一本の糸に繋ぐ見事なシナリオに息をのみました。久々に観るミステリーサスペンスの傑作といえるでしょう。

 唯、LASTは少し興醒めで、次回作を作る気満々の「次回に続く!」的なあの結末は如何なものでしょう。謎解きは素晴らしいのですから、やはり結末の爽快感が欲しかったところです。また、タイトルにもある「相棒」の影の薄い事。これなら「杉下右京の事件簿」で十分です。いい加減、張りぼてになったタイトルに縋るのは止めにしてはどうかと思いました。

ブラック・スワン

4点 2011-09-29
 何が現実で何が幻想なのか、そんなことは問題ではありません。それは彼女にとっては現実で、そこに鮮やかに映っている真実なのですから・・・。

 ニナ(ナタリー・ポートマン)はとある劇団のバレリーナ。次回作品「白鳥の湖」のプリマを目指して厳しい練習の毎日。女性ばかり十数人の異様な空間の中で、それでも努力家のニナは美しい美貌と実力でプリマを射止めます。
 しかし「白鳥の湖」は、美しく華麗に舞う白鳥と、王子を誘惑する漆黒の『黒鳥』の二人を一人で演じなければなりません。優等生のニナには、白鳥から王子を奪い自殺にまで追い込む、邪悪で官能的な『黒鳥』をどうしても演じられませんでした。
 そんな中、新たなメンバーとしてリリー(ミラ・クニス)が加わります。気軽に声をかけてくるリリーでしたが、彼女の舞う『黒鳥』は、人を魅惑の暗黒へ引き込むほどの怪しい美しさを秘めていました。彼女が現れてから、段々と歯車が狂い始めていくニナ。しかし最高のプリマを演じるために、どんな苦痛も厭わないニナでした。しかし・・・。

 一部で男性はいるものの、女性の、女性による、女性のための組織、バレー劇団。美しく華やかな外見とは裏腹に、情欲と駆引きと嫉妬と妬みの渦巻く世界。血と汗の滲む階段を登り詰め最高位に達しても、今度は足下を掬われないために別のパワーが必要になります。どれほどのプレッシャーが一人の女性を苛(さいなむ)むのか、その想いは如何許りでしょう。

 ナタリー・ポートマンは“美人”というに相応しい美しい女性ですが、どうも優等生面が少し鼻に付いていました。しかし、この作品ではそれを最大の武器として、漆黒の世界を目指す姿で私達を最高に魅了します。LASTシーンで彼女が見せる最高の微笑みは、自らの望む芸術を演じきった彼女自身の想いとオーバラップして、ふと熱いものが込み上げて来たのは私一人ではないでしょう。

 この物語は俗に”サイコ・サスペンス”と言われますが、私には、一つの作品を芸術へ昇華させるための、産みの苦しみを描いた美しくも切ない物語に想えました。美しさの根源−それを支える哀しみの渦と、しかしそれでも尚、至高を目指す人の想いを壮絶に描いた逸品だと想います。

英国王のスピーチ

5点 2011-09-25
 吃音症という克服の難しい病気に何度も挫折しながら、これを治そうとするドクターの熱意と家族の愛に包まれて、国王が自らの足で歩み出すまでを描く、真摯な物語です。

 ジョージ6世(コリン・ファース)は英国第二王子でしたが、人前でのスピーチどころか、子供たちへのお話にさえ苦渋する吃音症を患っていました。厳しい父・ジョージ5世の指導も甲斐無く、自分には演説は無理なのだと諦めていました。しかし、ある日妻・エリザベス(ヘレナ・ボナム=カーター)がどこからか噂を聞いて紹介してくれた神経医・ライオネル(ジェフリー・ラッシュ)はひと味違うドクターでした。その王族をも恐れぬ態度に激怒するジョージ6世でしたが、ぶつかりながらも段々と想いを表現できるようになっていく自分に気付き、心を開いていくのでした。
 しかし時代は風雲急を告げ、父の死、兄の王位返還を受け、自らが国王となって国民に向けた重大なスピーチをしなければならなくなるのですが・・・。

 本人にしかその辛さの判らない吃音症。あの女性に節操のない兄でさえできるのに、普通の人が当然のようにできる事をできない腑甲斐無さ。諦めていた矢先にふいに射した一筋の光明を信じ、身体に刷り込まれた病(やまい)を克服しようとする国王。何も変えなくていいはずの国王が、格好も気にせずひたすら努力する姿も素晴らしいですが、注目すべきはこれを指導するドクター・ライオネルの姿です。

 彼は王族に対して、まず”対等”を要求します。誰にも命令されることのない国王に、自らの過ちを気付かせるためです。また、どもることに慣れた彼の身体を解(ほぐ)します。精神と身体が同調しやすくするためです。加えて自分を信じさせます。彼の閉ざされた心を開くためです。そして仕上げは彼を怒らせます。彼の熱情を引き出すためです。

 王のみが座ることを許される玉座に座るドクターに激怒するジョージ6世。反論するドクター。「唯の椅子だろ?」 「話を聞け」。「何故聞かなければならない」。「私は国王だぞ」。「違うね、国王なんてなりたくないと言っただろ。話を聞いても無駄だ」。「私には国民に聞かせる声がある」。「その通りだ・・・」。そしてドクターは本当に言いたかった事を告げます。「あなたは誰よりも忍耐強くそして勇敢だ。立派な国王になる」。

 ジョージ6世はライオネルのことをドクターと呼んでいましたが、彼はドクターの資格を持っていませんでした。しかし、彼の治療に患者達が言葉を取り戻していくのは何故か。彼等が何に飢えているのかを知っているからです。それを彼らと共に取り戻そうとするからです。そこに本来のドクターの姿があるからこそ、私は最期まで彼を『ドクター』と表記しました。けれど、最終的にそこにはドクターの姿はなく、友を心から想う男の姿だけが見えた・・・そう想えたのは私一人でしょうか。

 人の心を想い、これを助け、そしてそれに応えるもうひとつの想い。結局人を動かすのは人の真摯な想いであることを教えてくれる、いい作品だと想います。
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ぽすれん
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