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  • 5点 ガス人間第1号
    ガス人間第1号
    素晴らしい映画だ。黒猫夢中! この映画は、まず、ヒロインが極上と云える。日本舞踊界の名門・春日流の美人家元春日藤千代(八千草薫)である。気丈な女家元は独身のようである。鼓師でもある献身的な爺や(左卜全…(続きを読む)
    素晴らしい映画だ。黒猫夢中! この映画は、まず、ヒロインが極上と云える。日本舞踊界の名門・春日流の美人家元春日藤千代(八千草薫)である。
    気丈な女家元は独身のようである。鼓師でもある献身的な爺や(左卜全)が同居して仕えている。お家元は爺やからお嬢様と呼ばれている。名門ではあるが、後援者が離反し、実力のある弟子が別派を立てて勢力を拡げており、藤千代は落ち目の家元と云われている。しかし、あくまでも誇り高い女家元である。落ち目であっても、高貴なヒロインの名に値する。新作発表会を開くお金がなくても、金持ちのエロ親父にパトロンになってもらうという料簡は無さそうだ。実に佳い。これほど、黒猫の趣味に合うヒロインは稀である。八千草薫は黒猫の好みのタイプではないが、この役には合っているようだ。2時間ドラマなどに、ときどき出てくる美人家元とか家元令嬢とかは、観た限りでは、何とも薄っぺらい感じで白けてしまうのだが、この作品における八千草は、誇り高い女家元らしく見える、と云っていいのではないだろうか? もっとも、そういう世界の人をよく知っている人が観たらどう云うかは知らないが・・・。
    さて、薄幸の美人家元の前に、お金を出して尽くしてくれる頼もしい男が現れた、という事のようだ。この作品で描かれる女家元の言動、行動様式には、なかなか興味深いものがあるが、特に、急にお金ができてからの藤千代家元の動きである。落ち目の女家元が女の細腕に握りしめたお金の力で必死に頽勢挽回を図るのだ。そんなお家元のミツグ君だが、それが、恐怖のガス人間水野(土屋嘉男)である。藤千代家元も、初めは、水野がガス人間であることは知らなかったようだ。
    さて、ガス人間とは何か? 今はともかく、昔は誤解している人が少なくなかったと思うのだが、これは決してオナラ怪人ではないのだ。僕は、こういう勘違いをしている人に、60〜70年代頃、幾度も出会ったことがある。この誤解にも数パターンがあり、自由自在にオナラを出せる怪人だという謬見、際限なくオナラが出てしまう怪人だという思い込み、そして、これが一番怖いのだが、毒ガスをオナラとして排出する怪人だという珍説──などである。
    美人家元に尽くすガス人間水野はオナラ怪人ではなかった。水野は悪い科学者に目をつけられて生体実験にかけられ、その結果、精神統一によって自在に体をガス化させて、また元に戻ることもできるという能力を手に入れたのだ。
    美貌のお家元は、水野が貢いでくれるお金がガス人間としての能力を活かし銀行強盗をおこなって調達したものであることを知らなかったようである。そんなヤバイ金を、水野が田舎の土地を売って得た金だと信じて寄付として受け取り、悲願の新作発表会実現のために使ってしまったというわけだ。警察に逮捕され、下品な女たちと一緒の留置場に入れられ、「銀行強盗ガス人間水野の女」という汚名にまみれても、背筋をのばし、あくまでも誇り高い姿勢を貫く女家元は、実に印象的なヒロインである。
  • 4点 将軍家光の乱心 激突
    将軍家光の乱心 激突
    楽しめる映画だ。黒猫夢中! 父である狂気の将軍徳川家光(京本政樹)から命を狙われる世継ぎ竹千代=後の四代将軍家綱(茂山逸平)のお守役堀田正盛(丹波哲郎)に雇われて、老中阿部重次(松方弘樹)が差し向ける…(続きを読む)
    楽しめる映画だ。黒猫夢中! 父である狂気の将軍徳川家光(京本政樹)から命を狙われる世継ぎ竹千代=後の四代将軍家綱(茂山逸平)のお守役堀田正盛(丹波哲郎)に雇われて、老中阿部重次(松方弘樹)が差し向ける伊庭庄左衛門(千葉真一)以下の刺客集団の魔手から竹千代を護りながら日光から江戸へ向けて艱難辛苦の旅を続ける一騎当千のつわもの達。そのリーダー石河刑部(緒形拳) は、嘗ては阿部重次の家臣であっただけでなく、主君の妹お万(二宮さよ子)を妻に迎えていたが、その愛妻を家光に奪われたという過去をもつ剣豪であり、しかも、嘗ての妻が産んだ子が竹千代であった──この構想が素晴らしいと思う。
    ただし、せっかく優れた企画を得たのだから、脚本をもっと練り上げて、丁寧に作れば、日本映画史上に残る傑作になった可能性もなくはないと思うので、惜しまれる作品でもある。
    何らかの困難な目的を達成するために、個性豊かな面々が集まり、協力して使命を果たす、というストーリーは多いが、これもその一つであろう。「七人の侍」が典型だが、この型のお話には、メンバーが揃うまでの集結編の部分があるのが普通だと思う。ところが、この映画では、集結編を思い切ってカットし、幕開けの時点で既に刑部以下の竹千代警護団の集結は済んでいる、という大胆な構成である。
    それならそれで、江戸への決死行を描きながら、回想シーンや台詞、ナレーションなどによって、各メンバーの過去や、集結の経緯を説明しようとするのが普通だと思うのだが、一部メンバーの過去がある程度、分かるようになっているだけで、作者はつわもの達の来し方を公平に、きちんと説明する必要を認めていないようである。それに時間を割くよりも、タイトルに相応しく、戦いの描写を重視したという事であろう。
    それでは、結論として、単なる過激アクション時代劇に過ぎないのか、というと、そうではなく、終わりまで観れば、これは、愛する女を奪われ権力に踏みにじられた男の怒りと執念が、その肉体は滅びても、遂には結実する、という骨太のドラマであったということが了解できる。具体的に云うと、ラストに至る前に刑部の討ち死にが示唆されるが、その前に彼が打った布石が功を奏し、形の上では、ある女が家光を弑する、という展開ではあっても、本質的には、刑部の魂魄が遂に怨敵家光を斃す、という物語であったと受け取れるのだ。
    なお、刑部を支える多賀谷六兵衛(長門裕之)は、「七人の侍」でいえば、一党のなかでただ一人、頭目の勘兵衛とは旧知の仲である七郎次に相当するキャラだと思うが、嘗て七郎次を演じた加東大介の甥にあたるベテラン長門が、さすが、と云いたくなる味わいぶかい演技を見せてくれる。また、竹千代の乳母で江戸への決死行に加わる矢島局(加納みゆき)が物語中で重要な役割を演じ、凛々しくて非常に印象に残る。
    「将軍家光の乱心 激突」というタイトルが最善のものであったのか、という疑問を感じるし、その他にも、不満を覚える点はあるのだが、それでも、見応え充分の作品であると評価したい。
  • 4点 悪魔の手毬唄
    悪魔の手毬唄
    横溝正史原作、市川崑…
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    横溝正史原作、市川崑監督、石坂浩二主演の金田一探偵もの第2作である。シリーズ最高傑作と云われるそうで、確かに見応えがある作品だ。舞台は岡山県の辺鄙な集落鬼首村。事件の背景として、村の二大勢力(由良家と仁礼家)の対立構造がよく指摘されるが、両家とは別に、没落した旧勢力である庄屋の末裔でエッチ男の多々羅放庵(中村伸郎)が存在しており、こいつが物語中で重要な役割を演じている。村の温泉宿「亀の湯」の女将・青池リカ役は監督お気に入りの岸恵子。同村出身のスター大空ゆかり=別所千恵役の仁科明子がたいへん美麗である。だが、この映画の本当のヒロインは半身に痣がある里子(永島暎子)だと思えてならない。これほど健気な女性キャラは稀ではないか? 更に、不気味な謎の怪老婆が出現して盛り上げてくれる。
    さて、本作は、鬼首村で若い娘が次々と殺され、その遺体が、村に伝わる手毬唄の歌詞になぞらえた状況で発見される、という怪事件に金田一と磯川警部(若山富三郎)が挑む、という内容だ。前作のラストとは対になっているとも云える、見送られるのが苦手な筈の金田一と見送る磯川の別れのラストシーンは有名で、日本映画史上に残る名場面だと絶賛する人もいるそうだ。リカに慕情を寄せる磯川が実質的な主人公だと云われており、富三郎の演技を高く評価する人は多い。だが、彼の名演が結果的にどういう効果をもたらしているか?──この点が重要だと思われる。
    警部の純情が鑑賞者の心に残る根本の理由は、脚本が原作以上に磯川の悲恋に焦点を当てているからだ。当然、彼が思慕する女性が観客から憎まれるようでは作品が成り立ちにくい。その女性が、仮に犯人であっても観る人から同情されるように映画を作る必要が生じる。そして、この犯人をそれほど憎んでいない人が多いのは、一つには、若山の好演によって、観た人の多くが磯川に感情移入した結果、彼の想い人にまで好感をもったからであろう。だが、犯人の事情がどうであれ、被害者に何の罪もない場合、安易に犯人に同情するのは間違いではないのか?(ただし、鬼首村事件の場合、男の被害者は別として、の話である。)この犯人に対する辛辣な意見も稀にはあるが、同情する人も少なくない。「若い頃は理解できなかったが、自分の子供をもってから、犯人の気持ちが解るようになった」という声があると承知している。
    ところで、この物語は犯人の動機が弱いという意見と、納得できるという見解が対立しているようだ。僕は、犯人がある種の性格だとすれば納得できると思っているが、これは人それぞれであろう。それよりも、最大の動機は何かを考えてみたい。というのは、よく指摘される、息子の結婚問題をめぐる動機だが、これは、あえて殺人を犯さなくても、また、最も重大な秘密まで息子に打ち明けなくても、「表向きの事実」と「表に出しても支障がない秘密」に「父子の情」を絡めて説得すれば解決できる可能性が充分にあった筈だからだ。また、犯人の動機として、しばしば指摘される、不憫な我が娘とは同い年の幸せな娘たちへの憎悪にしても、そんなに憎いのであれば、ひと思いに殺すよりも、ある情報を吹き込むという方法で、苦悩の生涯を送らせようとする筈であり、最大の動機とする説には疑問が残る。
    犯人の動機について、更に考えてみよう。自分が愛しあった男と関係をもった女たちを、いつまでも根にもって憎むのは、いちばん悪いのがその男だとしても、女の気持ちとしては仕方がないのかも知れない。根にもつのは、その人の性質だからどうしようもない。男への愛情が深かったからでもあろう。また、その憎い女たちが産んだ娘たちが恵まれていて、自分の娘が不幸せであるので、相手の娘たちまで憎むというのも、理屈の上では筋違い(勿論、その他家の娘が、不幸せな我が娘をいじめたというのなら話は別だが)とはいえ、心情的には無理からぬものはある。筋違いでも憎むだけならばヒトの勝手と云えるかも知れない。しかし、何の罪もない、その娘たちを殺してもよいという事にはならない。
    犠牲となった三人娘の内の一人は誤認で殺されたわけだが、本来、殺害される筈だったもう一人を加えて、この四人の女性には、特に罪はないと思われる。更に、これは被害者の遺体が冒涜された事件なのだ。本来の憎悪の対象を殺めるのではなく、相手の子供には罪はないのに、その子供を殺して憎い相手を苦しめるという事が許されるわけがない。この事件の犯人への同情は、ある人物への憎しみをその子に向ける──親の罪を子に背負わせる──のを認めるという事に繋がるのではないか? これを延長すれば、「子孫は先祖の罪を背負う」という非人道的な思想になってくる。若山の名演に幻惑されて、磯川警部と一緒になって犯人へのシンパシーを抱くのは、ヒトの勝手とはいえ如何なものか、と思うのだ。
  • 4点 犬神家の一族
    犬神家の一族
    1976年公開の、角川映画第1回作品である。さりげない描写によって見事に伏線を敷いており、優れた探偵もの映画だと云える。陰惨な部分はあるが、ラストは意外に爽やかだ。これまでに10回以上は観たと思う。た…(続きを読む)
    1976年公開の、角川映画第1回作品である。さりげない描写によって見事に伏線を敷いており、優れた探偵もの映画だと云える。陰惨な部分はあるが、ラストは意外に爽やかだ。これまでに10回以上は観たと思う。ただし、殺人の実行犯の凶行が現実には困難ではないか、とか、重要な登場人物が別のある人物との関係からいって当然、気づく筈の事に気づかないのは変だ、等の批判があるそうだ。そうは云っても、退屈せずにラストまで充分に楽しめる娯楽大作であることは間違いない。では、なぜ★四つにしたのか、というと、作り方に不満を覚える点があるからだ。
    信州の大富豪で製薬王といわれる犬神製薬の創始者・犬神佐兵衛(三國連太郎)が自分の死後の一族間の葛藤を煽り立てるかのような不可解な遺言状を残して他界し、犬神家顧問弁護士の助手が惨劇を予期して名探偵金田一耕助(石坂浩二)に助力を求める。莫大な遺産をめぐる確執、異様な連続殺人、複雑な人間関係、隠された血縁、過去の因縁、絶世の美女の一途な恋、その美女を守る忠僕、ゴムマスクで顔を隠した青年、飄々とした名探偵──という内容から、映像化しやすい作品だと思われているようだ。実際にも、横溝正史作品のなかで映像化実現の回数は「八つ墓村」に次いで多いのだそうである。
    だが、本当は映像化の成功が難しい作品だと僕は思う。その理由はヒロインの珠世が絶世の美女だからである。いつの時代でも、絶世の佳人を演じられる女優はザラには居ない。70年代半ばの事、島田陽子はベストに近い人選であったと思われる。絶世の美女は無理でも、写し方によっては、かなりいいセンを行ける筈だ。この作品での島田陽子の綺麗さを認める人は多いようである。だが、僕は、珠世がそれほどの美女には見えない場面が多いと感じる。この意見はあまり共感を得られないかも知れないが、画面をよく観てほしい、と云いたい。確かに、事件解決の後、ラスト近くで、珠世が、旅立つ金田一を駅に見送りに出かける場面で、実にチャーミングな表情を見せる。だが、そこに至るまでは、珠世が一級の美女には見えない場面が意外に多い。ブスに見える場面もある。シーンによっては、僕の眼には蛇女に見える。(島田さんと、そのファンのみなさん、気を悪くしないでね! 僕は撮り方に原因があると思っているのです!) 市川監督とスタッフの力量、この当時の島田陽子の容姿からいえば、もっと多くのシーンで、珠世がもっと美しく見えるように作れた筈だ。もし、監督が意図的にそういう写し方をしたのであれば、それは何故であろうか?
    珠世は、佐兵衛の大恩人の孫とされているが、犬神家での立場は、つまりは居候である。愛する佐清(あおい輝彦)の身の上、佐兵衛亡き後の自分の行く末を思えば──さらに、色と欲との二股をかけて牙を剥いてくる男たちの存在があり、おまけに、その卑劣なエッチ男たちが殺されて珠世が嫌疑を受けるのだから──彼女が苦悩するのは当然だ。珠世が暗く固い表情を見せる場面が多いのは分かる。だからこそ、事件が解決し、暗雲が晴れ、潔白が明らかとなり、愛する佐清との将来がほぼ確実となってから、金田一を見送りに出かけるラスト近くの場面で珠世が見せる飛び切りの笑顔と美貌が引き立つわけだ。この効果を狙って、ラスト直前までの多くのシーンで、監督は、島田陽子に、暗く固い表情を作らせるだけでなく、あえて、それほどの美女には見えない撮り方をしたのであろうか?
    しかし、それはおかしいと思うのだ。憂愁に閉ざされていても、いや、憂愁に囚われているからこそ、かえってその天与の美貌が際立つ──それでこそ絶世の美女ではないのか? 名匠市川崑が、この当時の島田陽子を用いれば、事件解決までは、憂愁に閉ざされても静かに映える美貌、そして、ラスト近くでは、暗雲が晴れて照り輝く美貌、というふうに描き分けることが出来た筈だ。珠世がそれほどの美女には見えないシーンが多い、というのが、大いに不満を感じる点である。
    ところで、僕がもっとも惹かれる登場人物は、珠世を守る忠僕の猿蔵(寺田稔)なのだ。佐兵衛に拾われ、彼から珠世を守るように命じられたという。猿蔵も心の奥底では珠世を愛しているのだろうか? 珠世は絶世の美女であるばかりでなく、心根も優しいのだ。そのような佳人と身近で接していれば、ブスマニアでもない限り、普通は恋情を抱く筈である。珠世が佐清と結ばれても、猿蔵は下男として珠世に尽くし続けるのか? それとも、珠世の幸せを見届けて犬神家を去るのか? 佐兵衛亡き今、命令解除は有り得ない。恐らく、珠世が人妻となり、母となり、そして、年老いても、この男は珠世とその家族を守り続けるのだろう──この作品を観るたびに僕はそのように想像する。そして、忠実な猿蔵の幸せを祈らずには居られなくなるのである。

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