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  • 3点 弥生、三月 -君を愛した30年-
    弥生、三月 -君を愛した30年-
    クラスメイト同士の30年越しの恋愛映画。1986年から平成・令和まで網羅するという時系列だが、わずか109分の分数には30年間の隔たりは感じられにくい。昨日に明日の場面転換にしか思えず、多少の老けメイ…(続きを読む)
    クラスメイト同士の30年越しの恋愛映画。


    1986年から平成・令和まで網羅するという時系列だが、わずか109分の分数には30年間の隔たりは感じられにくい。

    昨日に明日の場面転換にしか思えず、多少の老けメイクに老け衣装を施す程度であり、悠久の時の流れとは程遠い。



    採点は星三つ。

    この作品は印象に残りそうで残らない。

    仲良しの三人がでてきて、そのうち一名が途絶し、残り二名の夢を追う半生が描かれるといった展開である。

    思わせぶりな「すれ違い」があり、お互いがこんなにも意識して拒絶しあうとは思えないが、物語的にこうしたほうがヤキモキさせるだろうといったワザと間延びさせる作為的演出が見受けられる。


    正義感のつよい女性の役として波留が目立つ。この女性は意志がかたくて好感がもてる。
    かたや、だらしがなく人生の敗北感をただよわせる男性の役として成田があてられている。
    二人の見守り役として杉咲がキューピット的な存在に思える。




    対人関係は比較的見通せるのだが、それ以上の何かが物足りない。この作品にこれ一つといえる印象深い独自のサプライズがない。

    学友が30年間かけて離散集合することは在り来たりだが、そのような友人について何が言いたいのかが明確ではなく、それこそ30年間の月日だけが作品のメインデッシュになりかけていることが形式ばかりで内実がともなわない中途半端なアラカルトメニューではなかろうか。

    いちおう映画の主眼はなんだったのかと視聴をふりかえってみると、題字の「弥生」の持ち出しかたからして四季折々の詩情を訴えていて、三月のあとには四月が来るわけで、すなわち「春」の訪れの直前の初心(うぶ)な人生模様を掴まえようとしたのかなと思う。

    波留(春)なのに名前が弥生(三月)というややこしい感じだが、杉咲は「サクラ」という名前の役だから、かなり春の訪れを意図した恋愛観という気がしてならない。


    恋愛の足跡としては、春が来そうで「なかなか来ない」といったヤキモキした「寸止め」ともいえる足止めをくらうため、ここが視聴する者にとってのストレスになりがちだ。

    それと夢を追うがために別々の人生を歩んでいくといった社会人生活の自然な光景を綴ろうとしたのかもしれない。

    すれ違いのシーンばかりだが、なら出会い(再会)に成功にすればハッピーエンドかというと、どうもそうじゃないらしい。
    そもそもこの映画は恋愛が中心というわけではなく社会生活がメインになっているのもストレスを与える元だ。再会の中身は相当にストイックで現実の生活に組みこまれた過去の閉ざされた初恋の感情のようなものだろう。

    あれこれ考えてみたが、この映画の作り手は、学園生活での甘ったれたベタベタな流行りの青春系の恋愛ものなんて撮るつもりはなく、その先のかなり長い目でみなきゃ男も女も語れないぢゃないかといった卒業後のロングスパンを大事としたのだろうと思う。もうあの頃には「戻れない」というオトナ目線で咀嚼することでしか切り拓けない「30年越しの卒業シーズン」があるとでも言いたげである。しかしながら事切れたわけではなく学生時代を切り離すと今の自分らの境遇はけして維持(メンテナンス)できない。それがゆえの故郷への誘いである。

    撮りたいのは分かる気がするが、あの日から30年ということになると、あれもこれもとテンコ盛りであり、のんべんだらりとした移ろいになる。

    どう消化するかが腕の見せ所だが、お世辞にもこの作品は撮り方や構成などが巧いとはいえず、せいぜい「ふつう」レベルだ。

    垢抜けておらず、物凄くここがヘンだというツナギ合わせがあるわけではないだけに、なーんか見どころを失っていて、あっと言わせる場面転換もない。

    うわー。そういうことだったのね。ヤラレタ!と言った場面がないわけだ。

    アクション映画じゃあるまいし、起伏のないほのぼのとしたシーンでもいいのだが、それならそれで印象にのこりやすい「ほっこり」というか、なんていうか。。なんかあるだろうと。

    総じて可もなく不可もなくか。並みの映画ですよね。なんだかんだいってこれ。

  • 2点 ブラッディ・マンデイ Vol.1
    ブラッディ・マンデイ Vol.1
    天才ハッカー青年が都市を壊滅させるウイルステロ阻止に挑むTVシリーズドラマ。面白そうで詰まらないという稀にみる何じゃこりゃの駄作。見始めてしまったもんだから、苦痛をこらえながら再生と停止を繰り返して一話…(続きを読む)
    天才ハッカー青年が都市を壊滅させるウイルステロ阻止に挑むTVシリーズドラマ。


    面白そうで詰まらないという稀にみる何じゃこりゃの駄作。

    見始めてしまったもんだから、苦痛をこらえながら再生と停止を繰り返して一話一話をこなしていったが、シーズン1を見終わるまでなんと1か月以上経過!?


    すげえ詰まらない、なんでこんなの視ちゃっているんだ、いやだあ、早く終われ(笑)と思いながら話を進めていったのだが、どこもかしこもネット上の評価が高過ぎて吃驚、悶絶である。




    採点は星二つ。

    評価は辛うじて最低点を免れたので星二つということになった。

    なぜ最低の評価を下さないのかというと意外にも「最終話」のみ若干ながら楽しめたから。
    最終話の手前までなら問答無用で星一つにしたが、そうはならなかった。
    このドラマは要所要所に「ドンでん返し」をまぶしていて、なかでも最終話での経緯がシーズン1のなかで最も「マシな部類」である。


    なぜ酷評なのかというと、全般的にいって「ゆるい」テンポであり、安っぽい刑事ドラマの雰囲気がただよい緊迫感がないからだ。

    テロリスト集団にしても街角のギャング集団程度であり恐怖感が不足している。ロシアがどうとかのシナリオの大風呂敷にしても子供だましでありハリウッド級の大作とは比べるのも愚かしいほどショボい感じである。


    若き日の三浦春馬が出ていたという話題性は認めざるをえない。それと引退を表明した成宮まで悪役として出ていたというオマケつき。

    しかしそういった芸能的な話題性を加味しても星三つには届かない駄作の部類。

  • 4点 ジョン・デロリアン
    ジョン・デロリアン
    BTTFの名わき役のベース車両「デロリアン」を生み出した男の数奇な半生を再現したアメリカ実録映画。デロリアンは人名で車名はDMC-12。フロントグリルにロゴがあるがGMのロゴではない点に注目。ジョン・デロリアンは…(続きを読む)
    BTTFの名わき役のベース車両「デロリアン」を生み出した男の数奇な半生を再現したアメリカ実録映画。


    デロリアンは人名で車名はDMC-12。フロントグリルにロゴがあるがGMのロゴではない点に注目。

    ジョン・デロリアンはGMの副社長にまで昇りつめた男だったが独立したデロリアン・モーター・カンパニー(つまりDMC)にて今や幻となったデロリアンのみを限定生産させたが相次ぐ困難に遭い生産終了に追い込まれた。


    映画ではデロリアン氏も重要人物ではあるがキーパーソンとして彼の「隣家」に住む男が物語の台風の目となりだす。


    DMCが生み出したのはデロリアンの一車種のみであり後続の新型車はない。私はよく知らないがデロリアン自体のマイナーチェンジは複数回行われたようである。ただしこの車は「欠陥車」という汚名が着せられ苦情が相次いだことでも有名であるからフルモデルチェンジには至らなかった。


    消え失せた幻の車両となったわけだが、しばらくして電光石火のごとく銀幕の世界に舞い降りたのが、あの「バックトゥザフューチャー」でお馴染みの銀色のボディを身にまとったタイムマシンのそれであった。


    実はデロリアンは、イタルデザイン社のジウジアーロが手掛けた知る人ぞ知るカーデザインであったため、こだわりの工芸品と言えたのである。

    ジウジアーロデザイン特有の時代を超越した「色褪せない」よさが窺える名匠のスタイルなのだ。旧車マニアであれば喜悦したくなる「そんじょそこらにない」クルマなので今でも大事に保管するオーナー諸氏もいる。レストアすれば走行も可能だそうで日本人の某映画評論家が衝動買いしたことでも知られている。某氏は不倫事件で芸能活動停止(生産停止?)に追い込まれた。デロリアンの車歴を彷彿させる不吉な曰く付きの愛人ならぬ「愛車」にまつわる後日談である。

    とはいえ映画に登場するデロリアン氏は愛人問題で失脚したわけではない。詳しくは本編を見れば分かるが麻薬がらみの事件で当局にマークされていた。


    ジョン・デロリアンが辿った顛末については旧車に詳しい父親から当時の概要ぐらいは耳打ちされていたのだが、映画のなかで初耳だったのは、私はてっきりDMCは「ダメ会社」でデロリアンの生産継続もまるで反故にされて何もかもダメになったと思っていたのだが、DMCが資金繰りに行き詰ったのは事実だが支援がまったく得られなくなったということではなかったようである。

    話の内容からすると、会社の所有形態は異なるとしても、事の次第によっては新型デロリアンが後続車として世に出だすこともあり得たのかもしれないといった思わせぶりなのだ。


    しかしデロリアン氏は自社の延命措置に大失敗した。起死回生の策が実らずオオゴケといっていい。何故そんなことになったのか。何故デロリアンは生産できなくなったのかについての解説が本編の後半部の最大の山場となっている。



    採点は星三つ。

    割と有名なのにレア車両なので今までスルーされていたデロリアンにまつわるエピソードを映画化した点は好印象。

    しかし物語の焦点の合わせ方や構成にやや難あり。
    映画開始時にはデロリアン氏は成功者として現れるが、なにがどう成功していたのかについては不問とされる。
    成功時代を知らない人にしてみればデロリアン氏が何者であるかが分からず「転落」が要領を得ない。
    補足すると、ポンティアック部門で名をはせたという職歴があるため成功したといえば成功したといえるのかもしれないが、前歴はともかくデロリアンを手掛けてからは運が尽き果てたといったトホホな後歴の顛末なのだ。


    ざんねんだったのは、デロリアンの自走するシーンが一つもなくて、あたかもデロリアンが「蚊帳の外」状態だったこと。
    不具合が起きやすい箇所についての設計上の綿密なレクチャアもない。映画はひたすら人物像だけを追跡取材するのみである。
    まったくデロリアンが映されないわけではない。申し訳ない程度に実車が駐車されているシーンが後半わずかに映される。
    折角なんだから豪快に走る姿だとか、あるいは豪快に壊れる(笑)シーンだとか、なんかあるだろう。勿体ぶらずに「もっと映せよ」と思った次第。
  • 4点 殺さない彼と死なない彼女
    殺さない彼と死なない彼女
    殺したがり男子と殺されたがり女子との青春恋愛学園物語。死ねブス。殺すぞ。死んでやるー!といったガサツな学生同士の無遠慮な会話が所せましと飛び交う。ここまで遠慮なしだと痛快だがクラスの雰囲気ははさすがに…(続きを読む)
    殺したがり男子と殺されたがり女子との青春恋愛学園物語。


    死ねブス。殺すぞ。死んでやるー!といったガサツな学生同士の無遠慮な会話が所せましと飛び交う。

    ここまで遠慮なしだと痛快だがクラスの雰囲気ははさすがにチョッと変である。

    映画ならアリなのか。それとも原作が漫画だから角がたたず似合うのか。



    採点はまさかの星四つ。

    最初はそんなでもなかったが観続けていくうちに「VS的なノリにハマる」感じ。


    この映画には普段見かけない、というか私が知らないだけかもしれないが「可愛め」の女子学生が多数出演してる。

    きゃぴ子の親友は地味子だというが眼鏡っ子でも可愛めが隠しきれない。

    地味子は美人ではないという役回りなのかもしれないが、あの子もこの子も「全員同じグレードの可愛め」に見えるんだが(苦笑)。

    アイドル学園に迷い込んだぐらいにグレード高め。


    自分のことを「きゃぴ子はね、、、なのよ」と自己評価するくだりが愉快だが苦笑もんである。

    可愛めの女子をよく集めたなぁといった感じだが、オムニバス的に高校生カップルが何組も恋愛を同時進行させるため目移りしてよくないシーンもある。

    それに、可愛めなのに「男子が振り向かず」のシカトもんの対応は、はっきりいって贅沢にも程があり不自然すぎて感情移入の妨げになるだけである。


    主演の男子(彼氏)役の間宮祥太朗についていえば、彼がいままで出演してきた過去作のなかで突出してよく、比べると他の出演作が見劣りしてしまう。
    間宮は「半分、青い。」のイメージが居残っていて、あれはよくない彼氏の役柄だったが、本作での多少ワルぶった役がいいみたいでキリリとしており見違えたようである。


    ちなみにこの作品の恋愛観は時代的には旧めだ。

    学生らの素行は今どき風なのに恋愛観が旧いので男子と女子の棲み分けが明快である。

    旧世代の私としては男子は男子。女子は女子。といった棲み分けがシンプルで入り込みやすいので解読が楽である。


    いちおう恋愛話の映画だが「恋愛未満」の仲良しのボーイフレンドとガールフレンドといった関係性のシーンが微笑ましい。

    独りでつまらなくしているよりかこういう遊び仲間がいても良いなという気にさせるし、何かにつけて死ね!と言いまくる毒舌の彼氏の連呼ではあるが、誰に対しても「死ね」の一択だから彼女的には「本気にできない」。死ね、死にたいの応酬であり、偏屈ながらもお互いを励ましあっているという「まぶだち」の間柄である。


    私はこの作品に高評価を下したが、プロットの展開も秀逸だったが、なによりも興味を抱いたのは、親(保護者)の目の届かない学生らのフリートークの様子が存分に活写されているように思えたからだ。聞くに堪えない毒気なのだが嫌なものは嫌と言える学生時代ならではの自由な気風(校風)が感じられる。

    星五つには惜しくも届かなった。

    減点の理由は色々だが、今に始まったことではないとはいえ学生が生きる死ぬといったことを安易に口走ること自体が、私にはどうしても違和感として目に映る。

    他にもウーンここはチョッとという場面がないわけではない。ラストも一見すると「いい絵」なんだが再考しだすと問題が炙り出せる。

    しかしながら総合的に練られており共演の二人が「お似合い」であり街角デートシーンが和気あいあいとしている。


    きゃぴ子のくだりからしてセンスがポップ&キュートであり、可愛めのアイドル学園色が感じられ、やはり旧時代的なのか古典文学的な恋愛問答なども盛り込まれており、あれこれ恋の駆け引きを同時多発的に楽しめるつくりとなっていた。

    尚。殺す殺さない。彼氏彼女。きゃぴ子と地味子。バニラとチョコ。といった「二項対立」はメタフィジクスの趣があり、なかでも生と死についての二項対立の物思いはある程度は論理哲学的な問いかけとなっている。

    このように青春文学だけでなく青春哲学のノリも兼ね備えている野心作だと思うので好感のもてる高評価となった。



日本映画の最高峰にして大人向けの成瀬巳喜男

日本映画の最高峰は誰か。 黒澤か。小津か。 いや。成瀬でしょ。 最高といえそうなのは成瀬では?と、さらっと言える人は、普段は地味だけど怒らしたら「ちょっと怖い人」かもしれない。 ちなみに成瀬作品は、どれもこれも、平均的に大人びている。 だから、これ一つという調子で個別作品を選抜できる感じではなく、一つがダメだというのなら成瀬が撮った全作品が選抜にはならないはずだ。 すべてが成瀬作品だが、強いていえば、なかでも天才女優の代名詞「でこちゃん」こと高峰秀子の出演作が見逃せない。

バブル期を駆け抜けた伊丹十三監督の選抜作品

伊丹作品については「デザイン映画」として解釈すると非常に興味深い「デザイン社会の教材」になっている。 夫婦二人三脚で撮り続けた「なんとかの女の夫婦映画」としても稀有なシリーズ作品。
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