映画コミュニティ

会員登録 ログイン はじめての方はこちら
詳細検索
注目のキーワード
劇場版Fate
ハケンの品格
志村けん
ザ・ドリフターズ
川口春奈
安達祐実
小芝風花
ミス・シャーロック
コンフィデンスマンJP
今日から俺は!!
香川照之
大泉洋
浜辺美波
三浦春馬
ジブリ
竹内結子
波瑠
柴咲コウ
松本穂香
池袋ウエストゲートパーク
衝撃プライス! 旧作特選品50円!
旧作全品1枚無料!
  • 2点 カイジ ファイナルゲーム
    カイジ ファイナルゲーム
    一発逆転を狙った人生大逆転の賭博ゲーム映画の最終章。基本路線は初回と続編と似たりよったりだが時代設定が近未来のようだが何故か2020年ということで現代である。はっきりいって出来がよくない。元々あまりよ…(続きを読む)
    一発逆転を狙った人生大逆転の賭博ゲーム映画の最終章。


    基本路線は初回と続編と似たりよったりだが時代設定が近未来のようだが何故か2020年ということで現代である。

    はっきりいって出来がよくない。

    元々あまりよくはなかったのだが、それでも初回と続編が私の採点だと星三つ程度を維持できたのに対し、ファイナルと銘打っているわりには本作はあまりにも期待外れだったせいか途中で睡魔が襲うなどして視聴が苦戦したが、なんとか意識を取り戻して(笑)見続けた結果、せいぜい星二つの評価である。


    金融が混乱する殺伐とした格差社会のなかでカイジがふたたびゲームに挑むのだが、今回はカイジが自分自身を救う「自助」ではなく他人を救済するために一肌脱ぐといった利他的な展開となっていて、これだとカイジの野心たっぷりのエゴイスティックのキャラが損なわれているように思えた。

    助っ人というか飛び入りキャラの娘みたいなのがでてきたが、これが強者で後半すごい技を披露してくれるのかと思いきや、ぜんぜん「ふつう」の娘だったりして、もうこれは笑うしかないのか映画はカイジ一人のワンマンショーという気がした。

    ライバル役の吉田が声量を大きくしており、負けじとカイジ(藤原)も声をでかくしてガナリたてるのだが、この二人の十八番芸的なガナリがガチンコ勝負の見せ場なのだろうけど、なんだか見苦しくて厚かましくもあり、主演の藤原だけでも大仰なのに吉田・藤原のLRステレオソニックということでガミガミ五月蠅い言い争いの劇場と化している。



    で。大見えきって五月蠅い割には肝心のゲームが粗造りであり面白くもなんともないのだ。



    この映画で唯一評価できそうなのは「預金封鎖ネタ」を盛ったということぐらいだろう。2020年の日本ではなく近未来に予想される日本の金融経済の危機のパロディとして野心的な事件設定である。


    しかしながら最終章は大金を手にすることのできるゲームに参加するというシリーズの骨子を持て余していて改悪の部類だ。

    カイジはゲームになんか参加したくない男で、いわゆる「巻き込まれ型」と呼ばれる展開でもってやむを得ず命がけのマネーゲームに参加「させられた」のである。ところが最終章については「お気軽参加」的なノリでプレーヤーの一人として紛れており、途中で棄権もできるのに、だれがどう考えても余裕をかましてのゲーム続投である。

    「ライアーゲーム」シリーズや「人狼ゲーム」シリーズなどに比べると、(最終章の)カイジの境遇はどこも「絶体絶命」ではなくなっている。

    そのため緊迫感がまるでなくグイグイ引き込まれるといった展開でもない。

    ゲームのためのゲームの開催という感じがし、自然にカイジが巻き込まれてギリギリの勝負に挑むという初回のよさが失われており、なぜ俺は「まだこんなことしているのか」わからないといった自虐へと転落しかかっているのだ。
  • 3点 1917 命をかけた伝令
    1917 命をかけた伝令
    第一次大戦下の塹壕戦にて伝令をとどけるイギリス兵士の武勇伝。世界大戦の一次目の特徴が「塹壕戦」であるということは念頭にあったが映画はまさにその曲がりくねるあの長大な塹壕を野外セットで丸ごと再現してみせ…(続きを読む)
    第一次大戦下の塹壕戦にて伝令をとどけるイギリス兵士の武勇伝。



    世界大戦の一次目の特徴が「塹壕戦」であるということは念頭にあったが映画はまさにその曲がりくねるあの長大な塹壕を野外セットで丸ごと再現してみせる。

    塹壕の向こう側にはどんな前線が待ち受けているのか?という興味本位とともに、更にその向こう側にも撮影シーンを設けて巨大な野外セットでもって「ワンカット」撮影に挑む。

    ま。実際はワンカットではないのだが「ワンカットっぽい」流れる撮影である。

    発売前の小型カメラを起用したりステデイカムで兵士の後をスムースに追跡撮影したりと撮影技術的に優れているのだが、それは見終わった後に「そういえば」という感じであり、自然に撮られていたせいか視聴中にはあまり技術的なことは頭に入らなかった。この映像はすごい!といった大迫力なのかというと、それも何か違うように思えた。ライブ感覚で野外を歩き回るといった感覚だが全てセット撮影で「お膳立て」されているのだがセットが巨大すぎて没入感をうまく出せたがゆえに逆説的に撮影が自然すぎて迫力が失せたかもしれない。

    ウォークスルー・ムービーだが主観映像ではないらしい。主演の後をずっとカメラ目線で追跡するといった感じ。


    撮影どうこう以前に、この映画が示すところは塹壕戦の恐怖であり、戦地というよりも死地におもむく若き兵士らの苦境の様である。

    いつ撃たれても、いつ爆死しても不思議ではなく、前線ということで助かる見込みも保障もなく、死の瞬間が目前に迫るといった寸前のスリルが「伝令」を通じて本編で絶え間なく持続的に描かれる。

    もちろん映画なので「簡単に死にはしない」だろうとタカはくくれるが、それでもこれはヤバい戦況だということが映像から伝わるし、まったくの無傷でもないわけで、事の次第では「まさか主演が死ぬのか?」というようなバッドエンディングすら予期してしまう。


    採点は星三つ。
    なかなか好くできており見応えがあったが実話をヒントにしてはいるがフィクションである。
    伝令で急ぎ足なので時間がなく「間に合わない」と焦るシーンがある半面、だらだらと呑気に会話に耽るシーンがあり、通しで視れば矛盾を感じざるをえない。死に際の「見せ場(泣かせどころ)」なんかにしても前時代的な芝居臭さがあって新時代感覚の戦争ムービーとはとても言い難い。

    大事な伝令なのに一兵卒に託すというのも腑に落ちない。

    この映画、考えてみればヘンテコでナットクのいかない「戦略」の展開を感じるのだけど、映像体験でうまく押し通されてしまうらしい。
  • 3点 鈴木家の嘘
    鈴木家の嘘
    家族が嘘を突き通す喪失体験のコメディ映画。ある日突然家人が去就するという設定で意表を突く。話半ば以降はコメディタッチが幾らか感じられるため100%真面目路線というわけではないらしい。気が動転している母…(続きを読む)
    家族が嘘を突き通す喪失体験のコメディ映画。


    ある日突然家人が去就するという設定で意表を突く。
    話半ば以降はコメディタッチが幾らか感じられるため100%真面目路線というわけではないらしい。

    気が動転している母演じる原日出子など見どころ多数だが寡黙な息子(加藤亮)の本心が分からない芝居のツクリ。

    お終いまで観ても結局なにが起きたのか分からず終い。

    もちろん事件性は分かるのだが息子の内面の核心に迫ることなく鈴木家の三人の面々だけに焦点があてられており、加藤もだいぶ芝居を作りこんではいるようだったが表にでてくることが滅多にないため解釈をまったく許されない閉じっぷりである。これは名演なのか、それともたんに出番が少ないだけなのか首をかしげてしまう。加藤の演技力からすれば下手こいてはいないはずだが役作りに苦戦を強いられた感がある。

    キーパーソンであるはずの「イヴちゃん」も何だったのかよく分からず劇終となる。

    「嘘」については後から取ってつけたような微笑ましいエピソードだがブラックコメディであり、起きたコトがコトだけに笑えないのだ。


    息子についての分からなさについて再度問うと、そもそも死に理由など要らない。死とは絶対的な死であって、それは他人が入れ替わることのない相通じない孤独死であると考えればマァそうかという気もするけれども、多少ユーモアをまじえた娯楽映画である以上は万人に通じる「種明かし」があってもよかったのではないか。

    その種明かし、いわゆる動機付けこそが鈴木家の壮大な「嘘」として美談に語られて、なぜだかそれがために名画として語り継がれるといった「死の美学」が日本的に語られてもよかったのではないか。


    この映画でなんとなく騒動にいたった「切っ掛け」として分かりかけてくるのは、兄と妹の「すれ違い」とか「溝」であり、あとはなんだかよく分からない。一言でいってしまえば「ビョーキのせいか?」という感じであり、それだと映画制作の出る幕はないような気がして味気ないのだ。


    採点は星三つ。
    プラス評価のところとしては、この映画で表現される「自殺」は嘘ではなくリアルである。もちろん実写ではないが迫真という点でリアルである。
    但し興行的にはかなり苦しく重々しい題材となってしまいコメディタッチでカバーして制作上の都合の「嘘」をつくような印象を受ける。
    コメディにせざるをえないほど取り扱いが過酷であるということか。

    この映画をみて思ったことは、鈴木家の四人家族の真相は、映画のなかでは「一切映されていない」ように思えた。わずかに昔撮影したと思われる家族写真にその「片鱗」が見える程度でありこれが鑑賞者の想像をかきたてる。

    鈴木家になにか致命的な不具合があったとは思えず、映されていないところに「嗚呼そういうことか」という決め手がありそうにも思うので、そこを残さずに映し切ってもよかったんじゃないか。映されていないものがあると知れると不満になりやすく減点のマイナス評価になってしまうので。

  • 4点 最初の晩餐
    最初の晩餐
    一家が葬儀で語らう晩餐劇。最後の晩餐ではなく「最初」というのが捻くれているがダヴィンチの壁画がモチーフだと知れる。あちらはイタリア。こちらは日本でありロケ地は長野県上田市。本編内容からすると両国間は何…(続きを読む)
    一家が葬儀で語らう晩餐劇。


    最後の晩餐ではなく「最初」というのが捻くれているがダヴィンチの壁画がモチーフだと知れる。

    あちらはイタリア。こちらは日本でありロケ地は長野県上田市。
    本編内容からすると両国間は何のツナガりもないかに思えたが、後半近くまで見続けると案外そうでもないみたいで、他の人の観方はよくわからないが私はこの作品からキリスト教精神をだいぶ感じとった。

    この映画は、いきなり父の葬儀から始まるといった倒叙ミステリであり、最後のはずがきちんと最初になっている。ロケ地が日本なので日本的に視ようとすると多少混乱が生じるので私が思うにはキリスト教的解釈なしにはプロットの読み込みが不完全になりやすいと思う。
    けだし宗教方面に無関心であったにせよ日本映画にありがちな家族映画の一遍として難なく観通せるため、美術宗教画としての「最後の晩餐」との比較検討はプラスアルファでの感受のせいであり、またそれはパブリックコメントできるようなものではなく私人(信心)の感慨深い鑑賞上の愉しみともいえるかもしれない。

    映画では家族の父親役である永瀬が登場すると空気感が一変する。父親という威厳のある役柄のせいもあるが、家族全員が永瀬の寡黙だが行動的なペース配分に「同期して合わせる」のだ。

    永瀬の伴走があると役者全員が永瀬流のペース配分に同期するから、永瀬がいるうちは芝居の走りが安定しているが、中心人物たる永瀬が不在になると、まさにこの映画で描かれるような各々が勝って気ままの「父不在の家族同士の不信感」が募りだす。

    この不信の様子は、壁画で視ることができた最後の晩餐でのイエスを取り囲む「弟子たちの言い争い」だ。

    この映画は、日本人の家族関係を再現してみせてはいるのだが、次第に家族とはいえない不和があると気付き、しかしながら「父親の弟子」のようなものとしての家族的な一体感(復活感)を教え諭すところがあるなと知れる。

    そしてここが究極的には人類愛につながる普遍的な家族愛の「萌芽」なのである。

    ちなみにイエスは大食漢で知られ、誰とでも気兼ねなく食事を共にしたと伝えられていて、罪人が一緒でも構わないところがあり食事を中断することがなかった。なぜあんな奴と一緒に食事をするのだと周りの者に咎められても意に返さないのだ。

    「誰とでも」というのが大事でキリスト教系の慈善団体が乞食にすら食事を分け与えるのも上記のようなエピソードに基づくわけである。

    採点は星四つ。

    五つには届かなかったが良く練れた家族劇としてクオリティが高い。
    五つに届かない理由は色々あるが時代精神として考えると「前時代的」ともいえる古風な家族像が脳裏にチラつくところが玉に瑕。

すごいヒットしたのに私的にNGだった話題作

こういった映画を「つまらなかった」と言うと、好きなひとからは、そんなはずはないと驚かれたりもしましたが、何回観ても、やっぱり私にとって魅力がある作品には思えなかった。
参加しているグループが見つかりませんでした。

茶雅丸さんのお気に入りレビュアー

お気に入りレビュアーは登録されていません。

茶雅丸さんのファン

  • sci
  • 脱字等が多いのはご容赦。最近、観たいと思う作品が枯…
  • 映画が好き!!

    ほんとそれだけです!
ぽすれん
Copyright(C)2011-2020 GEO CORPORATION All rights reserved.