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  • 3点 「かぐや様は告らせたい 〜天才たちの恋愛頭脳戦〜」
    「かぐや様は告らせたい 〜天才たちの恋愛頭脳戦〜」
    お互いの恋愛感情を隠し通す天才学園生徒会長メンバーらのラブコメ映画。最初この映画の妙なノリについていけず戸惑ったが、しばらく観るうちに意地でも告ったら「負け」という天才バトルの部分に知性が感じられ、生…(続きを読む)
    お互いの恋愛感情を隠し通す天才学園生徒会長メンバーらのラブコメ映画。


    最初この映画の妙なノリについていけず戸惑ったが、しばらく観るうちに意地でも告ったら「負け」という天才バトルの部分に知性が感じられ、生徒会内の萌えキャラみたいな同級生らがコミカルで可笑しくもあり悪くないように思えた。

    恋愛頭脳戦がウリではあるが映画中盤では天才どうこうはなりを潜めている。原作のコミックもこの点では同じである。

    かぐや様が通う学園はお嬢様校ではないらしい。男女共学のエリート校らしく性別や出自となる家庭の貧富の差を問わない。まるで民主主義・平等主義の見本のような校風だが偏差値の高さが災いしてライバル関係を焚きつけて自由恋愛をぎこちなく阻害するという設定である。

    ただし会長と副会長に限られるため初めから終わりまで二人だけの「頂上決戦」として描かれている。

    これを特別な関係とみなすか。それとも恋愛そのものを一般論として「理性と感情の一騎打ち」とみなすかで評価が変わるかもしれない。

    告白なんかしたら、あたしの理性が「ぶっとぶ!」といった恐れがあり、慎ましい四宮家の深窓の令嬢ではなくなる。
    憧れの男子といえども、かぐや様(橋本)にとっては本気になってはいけない。求愛の戯れは「お可愛いこと」でなくてはならない。


    男子の会長(平野)のほうはキャラ分析の難易度があがるように思う。

    会長は校内での人気者であり見た目に不具合があるわけではない。好みの女子にプロポーズすることに何のためらいがあるのだろうか。
    相手が令嬢ならばなおさら「逆玉の輿」でいいのではないかと。

    彼が「頑な」になる理由を知るには映画をしばらく見続ける必要がある。

    会長にしてみれば家の出自からして勉学の才のみで進学校へと進んだ「底辺」という初期設定だ。
    一般家庭とも言い難い中流家庭ですら危うい底辺の生活水準である。
    かぐや様への告白は、たんに心を明かすだけでなく「ブルジョワジーへの屈服」であり、劇中でも彼はたびたび階級差別的に「馬鹿にされる」ことを極度に恐れている。

    それに生徒会内での序列からすれば会長・副会長であり、かぐや様とて彼にとっては「部下」なのだ。

    さて。このような困難な恋愛環境のなか二人はどのようにして結ばれるのか?



    採点は星三つ。

    ラストは無難な着地。

    会長役の平野が好青年として凛々しい。かぐや様の役をこなす橋本が気位の高い透明度の高い愛らしさを発揮。
    脇役陣も「可愛め」のルックスをそろえていてビジュアル萌えしている。


    一部天才バトルが愉しめるシーンがあるが短く撮られ中途半端であり持続しない。シーンの大半が通常の学園ないし青春の恋愛劇であり「萌え」系のキャラ立ちがみられるものの作品の表出としてのオリジナリティは低い。


  • 4点 フォードvsフェラーリ
    フォードvsフェラーリ
    因縁のフェラーリとレースで対決しようとするフォードのリベンジ映画。アメリカ映画ということで米国フォード社側からの視線。フェラーリが悪というわけではないだろうし、フォードが善というのも腑に落ちないが、そ…(続きを読む)
    因縁のフェラーリとレースで対決しようとするフォードのリベンジ映画。


    アメリカ映画ということで米国フォード社側からの視線。

    フェラーリが悪というわけではないだろうし、フォードが善というのも腑に落ちないが、そこをどう読み取るかは鑑賞者の好き好きであり、ともかく「決着はレースで」ということで、これという良し悪しの裁断をしていないところが憎い。

    自動車メーカーの「VSもの」だが内容的にはキャロル・シェルビーとケン・マイルズとの間で沸き起こるレースを通じた「友情物語」となっていた。

    二人ともレーサーだが今の感覚とは異なり運転手(ドライバー)専属ではない。車のメカニックをこなし販売・整備まで現場でこなすオールラウンダーだ。

    そのため本編はケン・マイルズが整備のうんちくを語るとかフォードのGT40のテストドライブをこなすシーンが盛りだくさん。下働き的すぎて花形レーサーとは思えない「働くお父さん」の色合いが濃い。人間ドラマが間にはさみ肝心のレースシーンはまだか?という待ちわびるところも多々ある。

    繰り返しになるが、近年のレースドライバーが操縦に特化した「ゲーム少年」に近い部類であるのに対して、往年のレーサーたちは「働くお父さん」という感じがし、かつてのレーサーたちは職人として貫禄があったし油まみれの3Kの職場(自動車整備の工場)でマシンに情熱を注ぐロマンチストだった。

    この映画はそういった旧い時代の往年のレーサー像を今の時代に語り継ぐ内容といっていい。

    さて。映画ではデイトナやルマンなどレース界ではお馴染みの晴れ舞台が再現されていて、よくもまぁこんな旧い車両をそろえたなぁと思えるぐらい旧型の車両(レース車両のみならず公道をはしるバスや一般車両も含めて)がひしめきあっている。

    シェルビーがコブラを愛車としてブイブイ言わせるところだけでも「おっ」と思ってしまう。


    そっくりさん(?)のエンツォ・フェラーリまで登場!

    もはやイタリア・マフィアの大物と見分けがつかない(笑)


    ヘンリー・フォード2世も登場している。

    こちらはなんだろうか。アメリカのギャング?デトロイトの大物?みたいな雰囲気。

    見終わってみると、人間ドラマの部分に好き嫌いが分かれそうに思えたが、全体としてまとまりがよく撮られていると感じた。ドラマについては安定感があり貫禄十分な男性像を映している。
    女性はケン・マイルズの妻が出演していて最初は気取った調子でいけ好かないのだが、しばらくすると「なかなかの肝ったま」だと知れて如何にも芯の強いアメリカ女性という感じで立役者として優れた助演女優に思えた。息子役の少年俳優も出過ぎなくて控え目で好い感じ。

    ドラマやレースの再現シーンを含めて完成度がよく致命的な弱点が見当たらない。

    実話ベースということで関心が高まる。


    弱点は少しはある。

    モータースポーツだとかカーデザインに精通していないと「より楽しめない」シーンがある。これは一般公開作としては辛い。たとえば「タッカー」のような映画のつくりならカーマニアである必要はないが本作は予備知識が不足すると鑑賞が厳しめになる恐れがある。まったく鑑賞できないわけではないけれど。

    それと、おそらくニキ・ラウダとマイケル・アンドレッティの対決を再現した先行作がよかったので後がま的に往年のレーサーの伝記としてこれを撮影したのかなと思うので、完全に目新しい構成のレース映画を視たという気はしない。ちょっと二番煎じ的なところがあるのがVSものの構成として気になった。

    コブラ。シェルビー。マスタング。あるいはギンサーとかマクラーレンとか、台詞の言葉尻だけで「嗚呼あれか」とピンとくる日本人は、いまどれだけいるのだろうか。ルマンの王者といえばフェラーリでもフォードでもなくてポルシェが黄金時代を築いたのが記憶に新しいし、その後の日本勢の追い上げも見せ場といえば見せ場だ。

    これまでルマンといゃあ映画界では「栄光のル・マン」だろうし、そうすると本作の「フォードVSフェラーリ」は自動車映画史にのこる一部・一角に過ぎず、よくできてはいるがこの一作でどうこうではなくルマンの全貌はまだまだ映されていないという気がする。

    本作は自動車映画としては初めてアカデミー作品賞にノミネートされている。
    惜しくも作品賞は「パラサイト 半地下の家族」に奪われるかたちになってしまったが音響などの部門賞は受賞できたようだ。
    一聴してエンジン音の迫力があったのでサウンド面でのこだわりが感じられたので音響編集が群を抜いていた。


    パラサイトもなかなかプロットが練られているのだが小汚い場面が目ざわり。
    仮に私が「おひとりさま審査」をするなら作品賞はできれば「フォードVSフェラーリ」を受賞の第一候補としたかったナァ。
    趣味性にも関わるから自動車映画が受賞したら「えっ?こんなのが」と苦情が殺到するだろうけどネ。

  • 2点 L・DK
    L・DK
    秘密の同棲生活をする高校生カップルの恋の顛末を描いた恋愛映画。これも。というかやはりというか、近年の邦画でありがちなコミック原作の映画化の一遍ということで下地が少女漫画だが、私としては映画は映画として…(続きを読む)
    秘密の同棲生活をする高校生カップルの恋の顛末を描いた恋愛映画。

    これも。というかやはりというか、近年の邦画でありがちなコミック原作の映画化の一遍ということで下地が少女漫画だが、私としては映画は映画として観ようと意識したが原作どうこう以前にこれは単体の公開作としては凡作という気がした。

    この内容や撮影なら劇場版ではなくテレビドラマでも撮れたのではなかろうか。

    出会いのハプニングを除けばあまり印象に残らないズルズルというか行きがかり上の関係であり、主演女優が上白石版と剛力版のドラマの二編あるため、どちらを最初観るかで迷うかもしれないが、私が剛力版を観てみたいと思った理由は、これが映画化第一作であり順当なのと剛力彩芽がでてくる映画がそんなに多くない(というか全然少ない)ために彼女の女優としての素質を見極めたいと思ったから、というのが主な視聴に挑んだ取っ掛かりである。

    ちなみに、題字のL・DKは、イエの間取りのことではなく原案では「らぶ同居」の略になる。

    流行語の「壁ドン!」の発端となったのが本作になる。


    採点は星二つ。
    主演女優の資質を問うまでもなくこの映画は高校生がひょんなことから一つ屋根の下で同棲するだけのシナリオに思え、漫画とは異なり映像は立体で展開するも物語としては平面(平坦)で一本調子なところがあり退屈だった。


    最初は嫌だったけど、そのうち・・・・てんてんてん。という「如何にも」な心変わりの展開があざといし、剛力がわざとらしい作り芝居だし、山崎はツンデレ王子らしいが冷たすぎて歯ごたえがないし、題字の「L」と「DK」の間はハートマークなのに「入ってねーし」等々、ブツブツブツと小言がでてしまう。
    評価するのが馬鹿らしいとまでは思わなかったけど、ウダウダ言いたくなるから、あれこれ改善の余地があるような作品に思えた。

    こう書くと、面白そうじゃなさそうだから、じゃあ星一つの最低点では?と思うかも。

    案外そうでもない。

    折角だから女優の分析を付記してみたい。

    主演の剛力は「うきうき気分」を表出している。
    上機嫌であり不思議なほど笑顔でいられる。しかもネアカっぽいし。
    無邪気なところはチャームポイントだが子役ならともかく高校生役としては幼稚すぎる。
    妙な「はしゃぎ具合」が目立ちオーバーリアクションのせいかKY人間のように浮いてしまっている。


    つまりこのように、なにかとネット民から不評をかう女優でも長所といえる点がなにもないわけではなくて長所だけを凝視すれば作品の採点にとってはプラス要因になる。女優活動としてのポテンシャルとしてチャームポイントが適切に再考されたとしても星二つ程度で頭打ちなのだが採点が一つあがるだけでも最低評価を逃れるのだから、下手くそだと叩かれながらも周囲から「注目される」という女優のカリスマ性は大事でマイナスではなくトータルでみればプラスの抗力として働くことが分かる。
  • 3点 パラサイト 半地下の家族
    パラサイト 半地下の家族
    半地下に住む貧乏一家が豪邸に取り付く計画を働くサスペンスコメディ。米アカデミー作品賞を受賞。是枝作品と並び称される格差問題に一石を投じたアジアの初快挙作品。に。してはどうか?ということで先ずはじっくり…(続きを読む)
    半地下に住む貧乏一家が豪邸に取り付く計画を働くサスペンスコメディ。


    米アカデミー作品賞を受賞。是枝作品と並び称される格差問題に一石を投じたアジアの初快挙作品。


    に。してはどうか?ということで先ずはじっくりと視聴してみた。

    なかなか面白いと感じた。

    割と気に入ったけど、だからといって大傑作の類いではないなと思うが間違いなく良作の部類だった。
    採点を告げるなら星四つにしようかと迷ったが「現実味が薄れる」シーンなどが引っ掛かり、その他のマイナス評価もあってワンランクグレードダウンの星三つにしておいた。
    並みの映画とは言い難いため惜しくも星四つに手が届きかけた良作として記憶に留めておきたい。


    驚くべきは豪邸もさることながら半地下についても撮影のために準備したので「ほぼセット」の撮影で成り立つこと。
    間に合わせではなくてこの映画のテーマでもある「計画」立てられて入念に練られている舞台中心のプロットの仕掛けだと知れた。

    世界観の構造的には「タテ社会」を連想させる。回廊じみた地下階段をグルグルと下方向に落ちて沈みゆく場面があり室内シーンだけでなく野外にでてもフラクタル的な格差社会のタテ構造空間でもあるため二重の意味でのタテ社会を堅持している。こういった思わせぶりな高さ方向の「入れ子」が象徴的に仕組まれているのが映画の舞台の骨子である。舞台が非常に力を帯びていて存在感がある。タテのみならずヨコ方向への空間上(部屋上)の広がりまであるので動画としての本作は「ウォークスルー・ムービー」の体感を解き放つ。

    また豪邸の建築デザインがどことなくアメリカ的なテイストである。具体的にはシカゴ界隈に建てられたもの(ミースのような建築物)がアメリカ的な豊かさを象徴する庭付きの開放性あふれるパースペクティブとして眼前に広がる。シンプルな建築様式からはアメリカの古きよき中間層の夢見がちなライフスタイルを映像画面から感じ取れる。ただし映画の中心となる豪邸から一歩でも足を踏み出すと、そこは韓国の街中の平凡な路上であり本作独自ともいえる日常性に引きもどされるためアメリカ映画の模倣とまではいかない。

    格差にかんしては黒澤映画の「天国と地獄」を連想させる垂直的な棲み分けに似た貧富の差であるが、こういった舞台の骨組みは思想面では平易すぎるパノラマの展開であり、今日的な失業等の格差問題があること自体は別にどってことない有り触れた社会的・階層的事実にすぎず、だから何だ?という疑問符もつくはずである。

    韓国あるいは米国においては格差社会が深刻なのはわかるが「そのまま映す」だけで大傑作・大賞賛・大感動が成り立つとは思えない。
    後半付近の「畳みかけ」は着地点としてやや苦しい急展開。ここが見せ場だが二転三転しすぎで現実味が薄れてしまったんじゃないか。

    途中までは割と自然な進行だったけど、後半部は映画を盛り上げるためだけの演出に落ちてしまった感もあり、着地点が曖昧でどっちつかず。全般的に所々にミステイクとまでは言い難いが修正をいれたくなるような不満を残すかたちとなっている。

    ところで、題字の「パラサイト」だが、これはソン・ガンホを父としたキム一家が他所の家に「寄生(依存)」しだすというふうに捉えられる。
    中盤まではそういった話の展開だった。だけど観終わってみると一方的な依存の関係性ではなくて双方向に家族同士が「密着」している。密着し終わったあとの実態(生態)としてはキム一家に頼り切るという依存性を高めたパク社長一家の数奇な物語としても読み込める。

    対価を支払うとはいえ、部外者を使用人として雇い、彼ら貧者にパラサイトすることでしか生計を維持できないのが富者の生態である。
    そういったパラサイトによる共生関係ともいえる「侍従関係の逆転劇」がこの映画の魅力の一つにもなっている。

    配役については、実力的にも知名度においても韓国ナンバーワン俳優といえばこの人といえるソン・ガンホは紹介するまでもないだろうが、個人的に新人として注目しているのが本作の娘役として高校生を演じていたチョン・ジソだろうか。彼女は「謗法」という題字が難読漢字のドラマにて呪いの力を発揮する少女を演じているのだが、ショートヘアのためか見た目がボーイッシュであり少年のような出で立ちである。半地下の家族ではロングヘアであり女の子らしくて「随分と変わるなぁ」と思いながら映画を眺めていた。このほか誰かと思いきや「焼肉ドラゴン」のオバサンではないか!といった助演女優(名女優として韓国では有名らしいイ・ジョンウン)の発見なども出来、家政婦の役柄として圧巻であった。

バブル期を駆け抜けた伊丹十三監督の選抜作品

伊丹作品については「デザイン映画」として解釈すると非常に興味深い「デザイン社会の教材」になっている。 夫婦二人三脚で撮り続けた「なんとかの女の夫婦映画」としても稀有なシリーズ作品。

日本映画の最高峰にして大人向けの成瀬巳喜男

日本映画の最高峰は誰か。 黒澤か。小津か。 いや。成瀬でしょ。 最高といえそうなのは成瀬では?と、さらっと言える人は、普段は地味だけど怒らしたら「ちょっと怖い人」かもしれない。 ちなみに成瀬作品は、どれもこれも、平均的に大人びている。 だから、これ一つという調子で個別作品を選抜できる感じではなく、一つがダメだというのなら成瀬が撮った全作品が選抜にはならないはずだ。 すべてが成瀬作品だが、強いていえば、なかでも天才女優の代名詞「でこちゃん」こと高峰秀子の出演作が見逃せない。
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