アラン・ドロン(Alain Delon、1935年11月8日 - )
フランス、パリ郊外のオー=ド=セーヌ県ソー(Sceaux)出身。
1960年代から1970年代には美男の代名詞的存在だった。
身長 183cm。血液型 O型。
詳しくは[はるまき]さんのHPで(http://bcaweb.bai.ne.jp/harumaki/Alain.htm)
幼い頃両親が離婚し、母方に預けられるも再婚した義父と合わず寄宿舎に入り、17歳で軍に入り第一次インドシナ戦争へ従軍した。21歳で除隊後、各地を放浪し、転職を繰り返しながら有名人と知り合い、ハリウッドの映画プロデューサーにスカウトされて断るも、1956年のフランス映画『女が事件にからむ時』でデビュー。
1959年、『恋ひとすじに』で共演した西ドイツの若手スター、ロミー・シュナイダーと同棲し婚約するも数年後に破棄。1960年、ルネ・クレマン監督『太陽がいっぱい』に主演。ニーノ・ロータの曲と共に大ヒットし世界的スターとなる。日本の三船敏郎共演『レッド・サン』、ブリジット・バルドー共演『素晴らしき恋人たち』、チャールズ・ブロンソン共演『さらば友よ』、カトリーヌ・ドヌーヴ共演『リスボン特急』など数多くのフランス映画・イタリア映画・アメリカ映画に出演し、自身が出演する作品のプロデュースも手がけるなどして活躍。
1963年、ナタリー・バルテルミー(後に女優となるナタリー・ドロン)と結婚しアメリカに移住。いくつかの映画に出演したり、アカデミー賞のプレゼンターにも立ったが、アメリカの映画界では成功できなかった。1966年、フランスへ戻る。ナタリーとは、やがて離婚。その後、ミレーユ・ダルクと長い愛人関係にあった。1987年にドイツ人モデル、ナタリー・ヴァン・ブレーメンと出会い、籍は入れず、アヌーシュカとアラン・ファビアンの2子をもうけるが、2002年に別れた。
ドイツ人のモデル・歌手のニコとの関係も有名である。ニコは長男クリスティアンを生むが、彼は未だに認知をしていない(クリスティアンはドロンの実母に育てられたうえ、容姿もドロンそっくりである)。
2007年10月8日『SMAP×SMAP』で木村拓哉 と稲垣吾郎に対し、「(俳優をしている、という点については)君達と私は似ているが、私は料理が出来ない。私に出来るのは、俳優と子作りだけだ。あと、悪戯も」と言った。
http://blog.livedoor.jp/ymo1191/archives/cat_10009104.html